Brain-Machine Interface surely can be a dream product for patients with paralysis. It’s because it can be connect brain and body parts that became paralysis without injured nerve. It’s too difficult for current medical technology, I guess. Moreover, using way like “Surrogates” has also wonderful possibilities.
However, it is not good way for action to float up a ball, despite it is not technically complicated task like human body movement.
The most important thing is the function of body. If capability of Brain-Machine Interface will go up in the future, a tangible movement of body will be able to become easy, but an intangible action people haven’t experienced will be in chaos.
Actually I needed to spin a fan under cylinder to lift up the ball, but I couldn’t understand how to think “Spin a fan!”, for example, thinking sentences or imaging a fan and imaging spinning fan. Neither way are good enough. It’s a little bit vague, my words also vague though. I’m thinking interfaces that suit  to human body or human thinking are essentially important for human.
However, the power of science has a possibility to overcome these things.
ブレインマシンインターフェースは神経の損傷などで四肢の自由を失ってしまった人にとっては、本当に夢の機器となる可能性を秘めていると考えています。それは、脳の信号を解析して別の人工的な回路を繋ぐことで、麻痺を乗り越える可能性があるからです。現在の医学では完全に壊れてしまった神経を元通りにするというのは、限りなく不可能に近いでしょうから。また、映画『サロゲート』にでてきたように人間の代わりのロボットを動かすという使い方も、同様に素晴らしい可能性を秘めていると思います。
しかし、円筒内にあるボールをその場に浮かべるといった動作に対しては、人間の動きを解析して伝えることと比べれば技術的複雑性はにも関わらず、向いていないと思うのです。
問題は、身体性に起因していると思います。ブレインマシンインターフェースの性能が上がれば、右手を挙げる、挙げたまま曲げると言った具体的な動作をロボットやサイボーグの腕にさせるのは簡単でしょう。しかしながら、ボールを浮かべると言う人間の体が経験していない抽象的な動作に関しては経験をしたことがないためにどうすればいいのか分かりません。
実際にはボールを浮かせるには、ファンを回す必要があったのですが、「ファンよ回れ」ってどうやったら「思う」のでしょうか。文字を頭の中で思い浮かべる、ファンを想像してそれが回るのを想像する、いずれにしても頭の中だけで思うだけというのは何か不確定な要素が多く、身体性を活かしたインターフェースというのは、本質的に重要なことなのだと思います。
もしかしたら、科学はこのような杞憂さえも乗り越えてしまうかも知れませんが。

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